あけほのむらさき

花も鳥もこころの旅にいく昔いくうつりして春はあけほの

紫式部日記の政治性

『紫式部日記』関連のレビューを読むと、最近の研究傾向が見えてくる。この日記はプロデューサー的存在だった藤原道長の影響が多大という仮説を最新の論考で目にした。清少納言をこき下ろした部分も、宿敵一族を貶める目的の一つだった、と。やはり彰子後宮…

百首詠

藤原良経、藤原定家の歌集はいずれも百首詠で始まっている。この「百」には意味があるのだろうか。抱いていた疑問に的確に答えてくださる論文に出会うとはまさか思ってもいなかったが、出会えたのである。渡邉裕美子氏の「〈毎月百首を詠む〉ということ―『毎…

敗者の文学

ここまで論文読書を重ねて見えてきた事実は、『源氏物語』は勝者の文学であり、『枕草子』は敗者の文学という視座である。藤原四兄弟で、定子の父である長男道隆(中関白家)が病没し、彰子の父である末弟道長(御堂関白家)が権力を手中に収めた政治的背景…

女房たちの人間模様

『 賀茂保憲女集・赤染衛門集・清少納言集・紫式部集・藤三位集 (和歌文学大系)』月報に藤本宗利・群馬大学助教授の面白い記事を見つけた。例の『紫式部日記』で紫式部が和泉式部・赤染衛門・清少納言の名を挙げ、その人となりを論ずる箇所からの考察であ…

写本と校註

藤原定家の日本文学における功績は計り知れない。だが、その功績のおかげで、真実が後世に伝わらない現象が生じてしまう。それは平安朝文学で起きている。 例えば定家校註の『源氏物語』において言葉の使用などを問題にする場合、定家写本と言われている三巻…

夏と冬

ツイッターに「雪月花には夏がない。花鳥風月には冬がない」との文を見つけた。なるほど、本当にそう。雪月花の出典は白氏文集だが、花鳥風月は何なのだろう。一説に世阿弥の能楽論よりと耳にしたが、世界大百科事典第2版にも以下があった。 風姿花伝(一四…

能因本の謎

『源氏物語』誕生後、その研究がこれほど盛んになる理由の根本には中世歌壇に認められたことがある。藤原俊成の言明「源氏見ざる歌読みは、遺恨の事なり」(『六百番歌合』冬上十三番「枯野」判詞)が後世に与えた影響はあまりにも大きかった。 『源氏物語』…

日本酒の和歌的温度表現

日本酒の温度表現が和歌的で素敵だったので、以下メモ。 冷たい日本酒 (cold) 雪冷え 5度C/41度F (snow-cold) 花冷え 10度C/50度F (spring-weather-cold when Sakura flower is blooming) 涼冷え 15度C/59度F (cool) 常温の日本酒 (room temperature) …

来し方とつながる

『論文を読む理由 - いつか博士になる人へ』を読み、漫画の4コマ目が胸に響いた。自分にとり「つながる」とはこういうことなのだ。別に博士になるわけではないけれど、知識の探究とはこの悦びよね、魂の震えるつながりが一つあればいいよね、と。 これは和歌…

評論における敬体

実務英語における3C(Clear/Correct/Concise=明解/正確/簡潔)を知って以来、文章はわかりやすく、正しく、短く記すべきであると認識してきた。よって当然、常体を使うわけだが、大岡信著『詩人・菅原道真―うつしの美学』に出会い、異なるアプローチも学び…

花と紅葉と

とても感性豊かな国語学者さんのツイートに陶酔している。春秋を視点に入れた彼女の読解方法を取り入れると、能因本の「風は」の冒頭箇所には、やはり儚く散った和漢融合の后、中宮定子の面影がそのまま生きていることに気づかされる。定子の父道隆が亡くな…

核となる論考

アカデミアに属しているわけではないので、一体どのような研究が最先端を走っているのか細部にわたり把握はできないが、核となる論考は流れを追う中で何となく見えてきたような気がする。 最近では赤間恵都子氏の「枕草子日記的章段の研究」で検証された一条…

雪に始まり、雪に終わる

枕草子は雪に始まり、雪に終わる―。 先行研究の「雪」を踏まえた赤間氏の論考を読み、「雪」に象徴される定子後宮への追憶は「雪に始まり、雪に終わる」印象を抱いた。枕草子は雪の白を纏っている。 清少納言の追憶において、中宮定子への想いの高ぶる日はい…

ツイッター文学

フォローしている国文学者さんが、読み手の存在するツイートは「ツイッター文学」というくくりの文学になってゆくといった内容のツイートをされていた。つぶやき文学。バズるツイートというよりも、ある一定の読者を満足させるツイートが新時代の新文学とし…

昔と今の詠歌

中世の詠歌は行事に備えて題詠を合計百首詠む習いのようだ。翻って現代は結社誌に月詠を送る形で歌の呼吸をする。 結社とは明治以降に創設されたものであるし、考えてみれば不思議な組織ではある。その歴史は長いところでやっと百年余り。現代歌壇と言えば、…

「重い主題」をきっかけに

詩歌の批評に関して参考にする機会の多い『俳句の世界』だが、不可解な箇所が一つだけある。小林一茶を次のように評した249頁である。 …ドナルド・キーン教授の『日本文學史』近世篇下(二二四-二五頁)に、一茶の句は確かに心に残るけれど、結局は「重い主…

二夜百首

花月百首*1の次は、二夜百首である。これもとても興味深い。参加者は慈円、藤原定家、良経の三人。『秋篠月清集/明恵上人歌集』補注(314頁)に、ことの成り行きが記されている。 慈円『拾玉集』第二「当座百首」の跋文によれば、良経は建久元年(一一九〇年…

向き合う

このツイートが心に刺さり、記しておこうと思った。写実的技巧派である著名画家さんの九連投ツイートだが、芸術すべてにあてはまる事象だ。ただ、絵画ならデッサン、音楽や舞踏なら基礎…と技術を磨く道程のはっきりしている分野と歌(ここでは現代短歌になる…

花鳥の使の意

「花鳥の使」は古今和歌集真名序に見える言葉である。「(和歌は)…好色の家には、此れを以ちて花鳥の使となし、乞食の客は、此れを以ちて活計のなかだちとなすことあるに至る。故に半ばは婦人のたすけとなり、ますらをの前に進めがたし」。 『詩人・菅原道…

アニミズム

白熊先生の「新型コロナウイルスと、呪術で戦っていませんでしたか」を読み、確かに手洗いは穢れを除くお清めのような行為だったと納得した。同様の衛生観念は、欧米にはなさそうだ。 日本で育てば、みな幼少期からアニミズム*1に囲まれている。それで、とき…

疫の時代に

疫の時代に、もっとも大切なことをみな思考している。健康を維持する食事、運動、睡眠など身体機能に関わる行動はさておき、これ以外で恵みを受ける活動は読書であろう。 本は好きだが、かなり偏っている。 創作と評論では、評論を好む。認識したい対象が豊…

雪月花

藤原定家「花月百首」に見えた雪月花を詠んだと思われる二首に関して。『万葉集 (四)』より大友家持の歌と『和漢朗詠集』より白居易の詩を引く。 大友家持 宴席詠雪月梅花歌一首 雪の上に照れる月夜に梅の花折りて贈らむ愛しき児もがも 雪の上に月が輝いてい…

移動の幸福感

「幸せの鍵は新しい場所!人の脳は「移動」を快楽と捉えていた」を読み、即、芭蕉を想起した。記事は身近な移動を取り上げているので旅とは少し異なるが、「移動」は確かに芭蕉が求めた快楽で、視野を広める特効薬だったろう。 幸福感を得るために新しいこと…

空と海と水平線

空と海と水平線…は好きな歌材で、季を問わず詠みたくなる。子どもの頃、よく青系の画材を取り出して、ただひたすら線を重ね引きし、空と海と水平線を描こうとした。視覚で濃淡を確かめる時間の心地よさ。やはりここにも心地よさが存在していた。 そんなこと…

シェークスピアのソネット

シェークスピアの十四行詩(ソネット)は、ロンドンがペストに襲われた時期(1609年)に出版された。 ソネットの発祥は、イタリア・ルネサンス期。従来ロマンス言語においてその音韻効果を発揮していたが、これが英語にはなじまないことからシェークスピアは…

歌材と流れ

『花のもの言う』(280頁)に王朝和歌時代の歌材とその扱いについて興味深い指摘があった。隠すことが美徳のひとつでもあった当時、歌には「身体の部分、特に顔を構成する各器官をあからさまに歌わない」習慣があったと聞いても別に驚きはしない。隠すべきこ…

気になる花に菫がある。芭蕉と漱石の句で好きになり、赤人の歌でさらに、三十一文字にて詠まれる菫にも惹かれるようになった。 山路来て何やらゆかし菫草(松尾芭蕉) 菫ほどな小さき人に生まれたし(夏目漱石) 春の野にすみれ摘みにと来しわれそ野を懐かし…

飽きない

ツイッターのタイムラインに自らの飽きやすい性格を嘆いているツイートが流れていた。 飽きる。 飽きない。 そういえば歌は飽きないなあ、とあらためて感じ入る。その理由とは。しばらく考え、回答は定型にあると思えてきた。 つい先日、57577の定型で「心が…

What(何を)&How(如何に)

昨年、結社の歌会に何度か参加させていただき最初に気づいたことは、詠歌における「What(何を)」 と「How(如何に)」の差異だった。 自分の場合、歌はいつも「How(如何に詠むか)」に焦点を定めて詠んでいる。というより、意図せずとも自然とそうなって…

Whole(まるごと)生きるということ

Whole……まるごと、そのままの状態にて生きる。つまり、表裏のない生き方。道の人、つまりプロフェッショナルな人びとの生き方がこれ。道の人までの道程は厳しいだろうが、もうそういう生き方に変える方が幸せだろうと確信しつつある。 歌。言葉であることは…

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