あけほのむらさき

花も鳥もこころの旅にいく昔いくうつりして春はあけほの

三巻本と能因本

『枕草子』の全貌を追う中でどの底本を用いるか的確な提案をいただいた。深謝。 現在多くの『枕草子』は三巻本を底本とする。藤原定家が書写したと憶測されているもので、その分、校訂がしっかりなされているらしい。能因本を底本とした北村季吟の『春曙抄』…

歴史読み枕草子―清少納言の挑戦状

お気に入りにもかかわらず、ずっと記せずにいた本について。 赤間恵都子著『歴史読み 枕草子―清少納言の挑戦状』に出会ったのは三省堂のウェブサイトだった。2009年に出版された『枕草子日記的章段の研究』*1を一般読者に分かりやすく伝える目的で書かれたウ…

学術書

学術書を読んでいると研究者の執筆スタイルにもいろいろあることに気づかされる。某書のアマゾンレビューに「…地の文章が…教養ある国文学者としては如何かと思われるほどにリアルで現代調なのも気になる。学生に感染したのかな…」というものがあり、正直、驚…

「古今和歌集」の創造力

中世和歌を読んでいると、本歌取りの多さに気づく。『古今集』以外からの引き歌も多く、少なくとも三代集はしっかり鑑賞したいと感じた。特に『古今集』については何度知識を更新してもし過ぎることはない。そこで、しばらく前に読んだ本について記す。 清少…

定家の書写

『藤原定家全歌集 下』解説は、後鳥羽院との関係を拗らせた藤原定家が籠居に至り、一年後に勃発した承久の乱のさなか、多くの古典書写に及んだことを紹介する。『後撰和歌集』『拾遺和歌集』など三代集、『源氏物語』『伊勢物語』『大和物語』などの物語、『…

花鳥の使の意

「花鳥の使」は古今和歌集真名序に見える言葉である。「(和歌は)…好色の家には、此れを以ちて花鳥の使となし、乞食の客は、此れを以ちて活計のなかだちとなすことあるに至る。故に半ばは婦人のたすけとなり、ますらをの前に進めがたし」。 『詩人・菅原道…

花鳥の使

和歌は日本の精神文化の中枢であり、それゆえ、人文系では多方面からその分野ならではの考察が行われる。これが非常に新鮮であり、美学の視点から和歌を扱った『花鳥の使 ―歌の道の詩学 Ⅰ』にも夢中になった。帯に「理(ことわり)ではなく、心を表し伝える…

歌材と流れ

『花のもの言う』(280頁)に王朝和歌時代の歌材とその扱いについて興味深い指摘があった。隠すことが美徳のひとつでもあった当時、歌には「身体の部分、特に顔を構成する各器官をあからさまに歌わない」習慣があったと聞いても別に驚きはしない。隠すべきこ…

橘は古典において多く貴く扱われている。 漢詩人である後中書王具平新王は次のように詠じた。 枝には金鈴を繋(か)けたり春の雨の後 花は紫麝(しじゃ)を薫ず凱風の程(和漢朗詠集・夏、橘花) 清少納言は、 花のなかよりこがねの玉かと見えて、いみじうあ…

和歌が伝える日本の美のかたち

六畳院さんが薦められていた『和歌が伝える 日本の美のかたち』を求めた。季節素材の扱い方を知りたかったのが一番の理由である。往時と現代では旧暦と新暦の存在から差異があり、人や書籍により言っていることがさまざまで曖昧になっていると感じていた。 …

後拾遺集のころ

『後拾遺和歌集 (岩波文庫)』発売予告を目にし、さっそく予約を入れた。この時代の芸術的背景に注目しているからである。表紙より。 もの思へば沢のほたるもわが身よりあくがれ出づるたまかとぞ見る―—和泉式部・赤染衛門・紫式部を始めとする女性歌人の華麗…

礼記

清少納言の視覚絵画的表現を追究する学びのほかに、もうひとつ探究したいテーマがある。春秋論争である。いつ、どこで、どのように始まったのか。日本では「中国から伝わった」と説明が付くけれど、どこにもその起源を探せないでいる。そこで読んでみたかっ…

清少納言集

『清少納言集』は異本と流布本があり、本人以外の歌も含む。清少納言の死後、親しい人により編まれたという。今回手にしたものは全 42 首を収録。うち、数えてみたところ恋歌が 24 首 で、それ以外は、人間関係、身上を嘆く歌など、全体的に袖の濡れるウェッ…

旅の友

『大手拓次詩集』…日々、音読の友。好きな詩を毎晩、何度も読んでしまう。「色」を駆使した色彩イメージが好き。「香り」も、想像を掻き立てられる。そこには、やさしくかなしい孤独がある。不可能なことだが、お会いしてみたい方だ。どのような話し方をされ…

アインシュタインの見た中国と日本

ノーベル賞物理学者アルベルト・アインシュタインの日記が出版され話題になっている。タイトルは "The Travel Diaries of Albert Einstein: The Far East, Palestine & Spain 1922 - 1923" 。ここにはアジア歴訪の際の印象が率直がつづられており、彼の目か…

道のはじまり

日本中世に誕生した「道」の理念は、日本の精神文化の屋台骨となる。歌合が遊びから勝負へと変わり、真剣な作歌姿勢が家の存続にまで影響を及ぼした背景は、同時代の欧州文学周辺から仰視すると、高度な文化社会だと称賛せずにはいられない。 道とは何か。わ…

月並み題詠

『紀貫之』は学びの多い良書である。西洋化の嵐が吹き荒れた明治維新直後の和歌革新運動を紹介する中で、大変興味深い旧派のスタイルを紹介している。 当時、宮中和歌を擁護した歌人たちは、文明開化がもたらした「開化新題」―国旗、演説会、時計、牛乳、祝…

本歌取り

表現論として本歌取り論をまとめたのは、藤原定家だという。『日本の文学論』に定家「詠歌大概」による本歌取りの考え方が紹介されている。 歌を詠む者は堪能の先人の秀歌を専ら手本とすべきで、取り入れる古歌の歌詞は、三代集(古今・後撰・拾遺和歌集)に…

本物の古典

紀貫之に関する一般書はきわめて少なく、著者は「子規以来のこと」となる歴史的事情に直面しながら筆を進めたという。この稀代の状況が健筆を支えるプラスの刺激になったと言い、『紀貫之』に重層的な魅力を加味する要因となった。 正岡子規に罵倒されて以後…

一条朝の火花

10 世紀末、平安一条朝は、中宮定子に仕えた清少納言と中宮彰子に仕えた紫式部が生きた時代。藤原家の権力闘争の渦中、一条天皇の二人の后にそれぞれ仕えた女房として、両者は健筆をふるうことでしたたかに火花を散らした。 彰子後宮における回顧録『紫式部…

和漢の后

なぜ、春は「桜」ではなく「曙」なのか。ずっと探していた『枕草子』にかかわる謎の答えが、人気の話題作『枕草子のたくらみ 「春はあけぼの」に秘められた思い』に記されていた。 中宮定子への敬愛と鎮魂を目的に書かれた『枕草子』は、その意図のとおり、…

俳句の世界

『日本文学史』を知って以来、著者の書籍は可能な限り購入した。そのうち、最も愛読している一冊が『俳句の世界』である。アマゾン書評欄でも言及されているように、「俳句史はこの一冊で十分と絶賛された不朽の書」の謳い文句に偽りはない。深さ、面白さ、…

邂逅

本との出会いは、奇跡に近い。特に個人的な体験からすると、世紀の名著、小西甚一の『日本文学史』との邂逅は今振り返ってみても、やはり奇跡だった。 今から二十数年前になる。おりしも、世の中は日本語ブーム。帰省の際に訪ねた駅前書店の入り口には、日本…

清水好子論文集

刊行されたとき、奮発して一巻から三巻まで全三冊を購入した。以来、読もう読もうと思っていてもなかなか実現できずいたのだが、やっと時間の有り余る日日を手に入れた。 論文集にも拘わらず行間を追い出すと、とても心地よい。京ことばの抑揚が伝わってくる…

平安人の心で『源氏物語』を読む

平安時代の文化、習慣、風俗を知り、平安人が味わったように『源氏物語』を繙いてみよう―。そう語りかけながら平安社会を様々な角度からとらえた『平安人の心で「源氏物語」を読む』は、あらすじ収録の各帖ごと当時を紹介するテーマを定め、現代人を往時へと…

源氏物語の時代

濃霧に覆われ、現れたかと思えばふいに消え、近づいたかと思えばうっすらと遠ざかる。そんな自分にとり分かったようで分からないままにあった和歌史にかかわる謎が、快著『源氏物語の時代―一条天皇と后たちのものがたり』により仄かに明かされ始めた。たとえ…

©akehonomurasaki