あけほのむらさき

花も鳥もこころの旅にいく昔いくうつりして春はあけほの

「古今和歌集」の創造力

 中世和歌を読んでいると、本歌取りの多さに気づく。『古今集』以外からの引き歌も多く、少なくとも三代集はしっかり鑑賞したいと感じた。特に『古今集』については何度知識を更新してもし過ぎることはない。そこで、しばらく前に読んだ本について記す。

 清少納言も紫式部も親しんだ『古今和歌集』の新しい一面が紹介される鈴木宏子著『「古今和歌集」の創造力』を堪能した。子規の痛罵によりすっかり影を落とした古今集だが、もちろん碩学は皆、日本的美意識の原点であることを知悉している。子規の歌にさえその感性が息づいているという著者の指摘は、千年の流れにも綻びず日本文化の礎となった影響力の証左となる。あれほどの罵詈雑言を浴びせておきながら、しっかり自らのうちに古今集のすがたかたちが溶け込んでいるとは何か微笑ましい。

 本書は「こころ」「ことば」「型」をキーワードに、実にわかりやすく『古今集』の在り方そのものを提示する。部立てごと丁寧に歌を解説し、ある意味、和歌の解体新書的な存在と言えるかもしれない。

 最後に言及されている近年の和歌研究の紹介が刺激的だった。当時の宮廷文化を席捲していたであろう勅撰漢詩集と比べ…

  • 編集体制が管理的でなかったこと
  • 編纂作業が権威ある役所内ではなく仮の編集室で行われたこと
  • 編集者の身分が低かったこと

 …の証拠から「最初の企画自体はごくささやかなものだったのではないか」という仮説が光る。この緩やかな環境が、三十代にさしかかった歌人紀貫之に自由を授け、天才的編集能力を発揮させる要因にもなったのだろうとたやすく想像できた。

「古今和歌集」の創造力

©akehonomurasaki