あけほのむらさき

花も鳥もこころの旅にいく昔いくうつりして春はあけほの

2020-06-01から1ヶ月間の記事一覧

能因本の『枕草子』

旧暦三月に吹く風は…、「雨風」と「花風」であれば、どちらが季に似合う情景と感じるだろう。四種類ある『枕草子』の写本において、現在一般的な三巻本では「雨風」、江戸時代から戦後ぐらいまで広く読まれていた能因本では「花風」である。 島内裕子著『こ…

『枕草子』と『源氏物語』における『白氏文集』—感傷詩を中心に―

『白氏文集』に関連深い『枕草子』と『源氏物語』は中国語の母語話者に考察してもらうことが最適解である。張培華氏は「『枕草子』と『源氏物語』における『白氏文集』—感傷詩を中心に―」において、『白氏文集』の四分類、すなわち諷諭、閑適、感傷、雑律詩…

核となる論考

アカデミアに属しているわけではないので、一体どのような研究が最先端を走っているのか細部にわたり把握はできないが、核となる論考は流れを追う中で何となく見えてきたような気がする。 最近では赤間恵都子氏の「枕草子日記的章段の研究」で検証された一条…

枕草子の美意識―非充足性への志向をめぐって―

ウェブ上で芋づる式に研究論文を探っていた際、素晴らしい一本に出会えた。沢田正子氏の「枕草子の美意識」は、「面影」「気配」を特徴とする日本的象徴のルーツにつながる考察を丁寧に解説する。発表は1987年と古いのだが、十分に核心を突いて攫っているの…

『枕草子』の散らない桜

赤間恵都子氏の「『古今和歌集』と『枕草子』—「桜」の描写の比較から―」を読み、『枕草子』における桜の在り方を追った。以下、メモ。 赤間氏はまず、『古今集』における春歌一三四首のほぼ三割にあたる桜の歌、四一首を列挙し、咲いた桜、移ろう桜、散る桜…

雪に始まり、雪に終わる

枕草子は雪に始まり、雪に終わる―。 先行研究の「雪」を踏まえた赤間氏の論考を読み、「雪」に象徴される定子後宮への追憶は「雪に始まり、雪に終わる」印象を抱いた。枕草子は雪の白を纏っている。 清少納言の追憶において、中宮定子への想いの高ぶる日はい…

ツイッター文学

フォローしている国文学者さんが、読み手の存在するツイートは「ツイッター文学」というくくりの文学になってゆくといった内容のツイートをされていた。つぶやき文学。バズるツイートというよりも、ある一定の読者を満足させるツイートが新時代の新文学とし…

『枕草子』の雪景色

赤間恵都子氏による論考「『枕草子』の雪景色―作品生成の原風景―」に心が震えた。こういう文章が書きたいとあらためて感じ入っている。説明するにせよ、思考を述べるにせよ、描写がまるで歌の世界なのである。しっとりと迫ってくる。じんわりと浸ってしまう…

歴史読み枕草子―清少納言の挑戦状

お気に入りにもかかわらず、ずっと記せずにいた本について。 赤間恵都子著『歴史読み 枕草子―清少納言の挑戦状』に出会ったのは三省堂のウェブサイトだった。2009年に出版された『枕草子日記的章段の研究』*1を一般読者に分かりやすく伝える目的で書かれたウ…

『枕草子』をめぐる数字

『枕草子』の絵画的特色はどのように生まれたのか。この問いの答えを求めて関連のありそうな近年の研究論文を探る。 赤間恵都子氏の「『枕草子』の雪景色―作品生成の原風景―(2014年)」に興味深い数字が紹介されていた。 笠間書院(2014年)の『日本古典対…

幽玄の絵画

武田裕子氏の日本画は、光と翳からなる幽玄を濃淡のあはひで漉きつつ透かして視せる。こうして、ありったけの言葉を詰め込み表現してみても、言葉は絵画の前に敗北している。夢幻の世界が無限に広がり、もうそれだけである。 ツイッターで見かけたまらなく魅…

学術書

学術書を読んでいると研究者の執筆スタイルにもいろいろあることに気づかされる。某書のアマゾンレビューに「…地の文章が…教養ある国文学者としては如何かと思われるほどにリアルで現代調なのも気になる。学生に感染したのかな…」というものがあり、正直、驚…

昔と今の詠歌

中世の詠歌は行事に備えて題詠を合計百首詠む習いのようだ。翻って現代は結社誌に月詠を送る形で歌の呼吸をする。 結社とは明治以降に創設されたものであるし、考えてみれば不思議な組織ではある。その歴史は長いところでやっと百年余り。現代歌壇と言えば、…

「重い主題」をきっかけに

詩歌の批評に関して参考にする機会の多い『俳句の世界』だが、不可解な箇所が一つだけある。小林一茶を次のように評した249頁である。 …ドナルド・キーン教授の『日本文學史』近世篇下(二二四-二五頁)に、一茶の句は確かに心に残るけれど、結局は「重い主…

「古今和歌集」の創造力

中世和歌を読んでいると、本歌取りの多さに気づく。『古今集』以外からの引き歌も多く、少なくとも三代集はしっかり鑑賞したいと感じた。特に『古今集』については何度知識を更新してもし過ぎることはない。そこで、しばらく前に読んだ本について記す。 清少…

十題百首

十題百首には、良経、慈円、定家、寂蓮が参加。二十八首残る寂蓮以外、三人は百首を各家集に収める。十題は、天象、地儀、居処、草部、木部、鳥部、獣部、虫部、神祇、釈教で各十首。 良経歌と定家歌の比較を楽しんだ。 良経歌に関しては、一一九〇年に入内…

定家の書写

『藤原定家全歌集 下』解説は、後鳥羽院との関係を拗らせた藤原定家が籠居に至り、一年後に勃発した承久の乱のさなか、多くの古典書写に及んだことを紹介する。『後撰和歌集』『拾遺和歌集』など三代集、『源氏物語』『伊勢物語』『大和物語』などの物語、『…

二夜百首

花月百首*1の次は、二夜百首である。これもとても興味深い。参加者は慈円、藤原定家、良経の三人。『秋篠月清集/明恵上人歌集』補注(314頁)に、ことの成り行きが記されている。 慈円『拾玉集』第二「当座百首」の跋文によれば、良経は建久元年(一一九〇年…

向き合う

このツイートが心に刺さり、記しておこうと思った。写実的技巧派である著名画家さんの九連投ツイートだが、芸術すべてにあてはまる事象だ。ただ、絵画ならデッサン、音楽や舞踏なら基礎…と技術を磨く道程のはっきりしている分野と歌(ここでは現代短歌になる…

仮名序と真名序

『古今集』の仮名序があまりにも白眉であるため、自分にとり真名序の影は薄い。だが、「花鳥の使」の意味を確認した際、仮名序と真名序の微妙な関係が垣間見えた。 古今集愛好者にとっての至宝である『古今和歌集全評釈 上』(87頁)を開くと、伝本によって…

花鳥の使の意

「花鳥の使」は古今和歌集真名序に見える言葉である。「(和歌は)…好色の家には、此れを以ちて花鳥の使となし、乞食の客は、此れを以ちて活計のなかだちとなすことあるに至る。故に半ばは婦人のたすけとなり、ますらをの前に進めがたし」。 『詩人・菅原道…

花鳥の使

和歌は日本の精神文化の中枢であり、それゆえ、人文系では多方面からその分野ならではの考察が行われる。これが非常に新鮮であり、美学の視点から和歌を扱った『花鳥の使 ―歌の道の詩学 Ⅰ』にも夢中になった。帯に「理(ことわり)ではなく、心を表し伝える…

アニミズム

白熊先生の「新型コロナウイルスと、呪術で戦っていませんでしたか」を読み、確かに手洗いは穢れを除くお清めのような行為だったと納得した。同様の衛生観念は、欧米にはなさそうだ。 日本で育てば、みな幼少期からアニミズム*1に囲まれている。それで、とき…

京極派をピアノ曲にしたら

これは絶対に京極派を音にしたイメージ。冒頭の Scintillation は「きらめき」。拝聴して瞬時に静謐なピアノの音色に引き込まれた。作曲家・高松克志氏の創作の根底には月、海、星のイメージが置かれているという。 Scintillation A Piece for Piano "Ocean"…

疫の時代に

疫の時代に、もっとも大切なことをみな思考している。健康を維持する食事、運動、睡眠など身体機能に関わる行動はさておき、これ以外で恵みを受ける活動は読書であろう。 本は好きだが、かなり偏っている。 創作と評論では、評論を好む。認識したい対象が豊…

もみもみと

語感、身体感覚、いずれにしてもうまく実感できない副詞に「もみもみと」がある。歌への賞賛なのだが、個人的にぴんとこない。 この言葉は『後鳥羽院御口伝』で源俊頼を評する際に使用されている。該当箇所では源経信の言葉における品格と優美に言及した後、…

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