あけほのむらさき

花も鳥もこころの旅にいく昔いくうつりして春はあけほの

核となる論考

 アカデミアに属しているわけではないので、一体どのような研究が最先端を走っているのか細部にわたり把握はできないが、核となる論考は流れを追う中で何となく見えてきたような気がする。

 最近では赤間恵都子氏の「枕草子日記的章段の研究」で検証された一条朝定子後宮の動向であり、赤間氏は「『枕草子』の雪景色―作品生成の原風景―」で雪山の章段について「すでに考証されているように、この章段では、歴史資料に残らない定子の内裏参入が雪山の賭けの背後で準備され、賭けの途中で実現したことが語られてゆく」と大切な段について述べている。これには注が付いており、そこでは次のように語られる。

……注十八 金内仁志「枕草子『雪山』の段について」(『立教高等学校研究紀要』1982年12月)が提出され、以降も様々に論じられてきた。金内氏は当該章段前半に登場する「常陸の介」についても、一条天皇と定子の連絡役である右近の内侍を登場させる役割を担っていたと考証し、章段全体に定子入内を暗示させる構成を読む。本稿もその説に概ね賛同するものである……

 雪山の章段は、枕草子全貌理解に精通しなければならない箇所であるとあらためて教えてもらう。また、『枕草子』の執筆時期特定も今後の大きな課題であるという。

 『枕草子』は謎めいた部分が多いこともあり、『源氏物語』の評価の影に隠れあまり脚光を浴びることがなかった。だが、近年の研究成果を辿れば、『枕草子』こそ価値ある作品であることが証明されてきているのではないかと強く感じる。『枕草子』が存在しなければ、『源氏物語』は誕生しなかった事実がそれを物語っている。 

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