あけほのむらさき

花も鳥もこころの旅にいく昔いくうつりして春はあけほの

俳句の世界

 『日本文学史』を知って以来、著者の書籍は可能な限り購入した。そのうち、最も愛読している一冊が『俳句の世界』である。アマゾン書評欄でも言及されているように、「俳句史はこの一冊で十分と絶賛された不朽の書」の謳い文句に偽りはない。深さ、面白さ、美しさの三位一体が魅力の名著である。

 対話形式の冒頭で、「俳句」とは「俳諧の発句」であるとの説明がある。ここで元祿大學國文學科教授靑成瓢太郎博士が紹介されるのだが、この名称にまず、一笑。学生とのやり取りが続く。丁寧な口調のユーモラスな筆致は本書を人気たらしめている理由のひとつであり、こうして読者を俳諧・俳句の世界に誘ってゆく。

 教室での親しみにあふれる展開は、それもそのはず、戦後間もない 1947 年の講義ノートが原本だった。改訂に際し、意図的に固有名詞に関して旧字体を残した編集方法は、「古典にしたしむ人ならば、せめて固有名詞だけは旧字体で接してほしかったからにほかならない」という希望からで、これには深く頷いた。昏い部分まで掘り下げてものごとを感受するには、時間を経た昔の言葉を知る必要がある。

 連歌・連句の第一句が発句であり俳句とは異なる事実は、明治期の子規による俳諧革新の影響から、多くの現代人にとり盲点になっていると思う。著者は歴史の流れに沿った変遷の講義を進める中で真実を導き、時代時代の作品鑑賞において、助詞の微妙な違い、言葉の選択、流れ方など、特に言葉好きな人間にとり興味の尽きない視点を、お宝を掘り出すように明示する。

 「作品や作家を、歴史的な『流れ』のなかに置いて理解する」方法は、文学者に必須の学問である。本書には、最高レベルの解釈学が教示されている。どのページを開いても面白い。いつも時間を忘れている。

邂逅
俳句の世界

©akehonomurasaki