あけほのむらさき

花も鳥もこころの旅にいく昔いくうつりして春はあけほの

枕詞

 高校古文の参考書『古文研究法』に、枕詞の解説の後、次のようにあった。

…どうせ意味に関係ないのだから、わざわざ使わなくてもよいような感じがするかもしれないけれど、枕詞をうまく使うと、理屈ぬきに美しい「しらべ」が生まれる。

 「理屈ぬきの美しいしらべ」――。この箇所を目にして以来、ずっと枕詞で詠む歌に憧れているのだが、現実はなかなかそのような状況にならない。

 本書の著者は柿本人麿の名歌のひとつを挙げ、枕詞を含む場合とそうでない場合を比較する。

たまもかる敏馬を過ぎてなつくさの野島が埼に舟近づきぬ(万葉・巻三)

 「たまもかる」が海に縁のある「敏馬(みぬめ)いまの神戸港あたり)」の枕詞、「なつくさの」が「野」の枕詞。「これを抜いてしまうと単に『敏馬を過ぎて野島が埼に舟近づきぬ』という平凡な叙述でしかない。ふたつも枕詞を使うことによって、はじめて生きいきとした心のはずみが表現されている」と解説が続き、「枕詞を使いこなす腕まえでは、おそらく柿本人麿が空前絶後だといってよかろう」と歌聖をたたえる。

 鮮やかな描写を生み、人の心に共有体験をもたらす枕詞。うまく使いこなしてみたいものである。あかねさす、あさもよし、あしひきの、あづさゆみ、あまざかる、あまてるや、あまとぶや、あらがねの、あらたまの、いさなとり、いそのかみ、うつせみの、う(ぬ)ばたまの、おほふねの、からころも、かりこもの、くさまくら、くずのはの、くれたけの、ささがにの、しろたへの、たまきはる、たまだすき、たまぼこの、たまもかる、たらちねの、ちはやぶる、つのさはふ、とぶとりの、とりがなく、なよたけの、ひさかたの、ほしづきよ、みづくきの、むらぎもの…

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